株式会社Beyond Next Energy 代表取締役の山口です。
福島原子力事故はセンシティブなテーマではありますが、あの日からもう15年が経ち、
私が東京電力を退職してから8年近く経ちますので、お叱りを頂くことも覚悟の上で
今日の震災15周年に際してコラムを手短に書かせていただきます。
2011年3月11日当時、私は東京電力の企画部企画課長の職にありました。
会社の中枢におりましたので、その後の大混乱の真っ只中で修羅場も経験させていただきました。
修羅場体験の具体的内容はここでは割愛させていただきますが、今でも思い出すと心苦しさを感じる
出来事が震災の数年前にありました。
震災の数年前、私は東京電力の企画部で全社のリスク管理を統括する仕事をやっておりました。
会社の稀頻度重大リスクの把握と対応を整理していた際、「原子力発電所に何らかの事故が起きて
放射能が外部に放出されるリスクはないのか?」について社内で問題提起を行いましたが、
「原子力発電所の安全は既に確立されているので、そのようなリスクは存在しない」という社内の
声で一蹴され、何もすることができませんでした。あの時、もっと頑張って声を上げて、行動して
いれば事故は避けられたかもしれない、と今でも自責の念に駆られます。
日本で原子力発電を導入するためには、国民に対して「原子力は絶対に安全です」と説明せざるを
得なかったという特殊事情が背景にあったのだと思います。
安全対策は全てやり尽くしてあるので安全は確立されている。
これでは安全対策の不備をチェックしながら適宜必要な対策を打って継続的に安全を高めていくという
ことがやりづらくなります。
例え千年に1回しか起こらない稀頻度のリスクであっても、影響が甚大な重大リスクを想定し、必要な
備えを行うことの重要性を嫌というほど思い知らされました。
また、いかなる高みに達しても、どこまでもまだまだ足らないと思う心、決してこれでいいと思い上がる
ことなく、謙虚な心を持ち続けることの重要性を肝に銘じる機会になりました。
福島原子力事故の後、日本の電力・エネルギー業界は大きく変貌しました。
まず、太陽光・風力などの再生可能エネルギーが急増しました。
電力市場が完全自由化され、戦後から続いていた九電力体制は実質崩壊し、新規参入者が多数電力市場に参入、
お客様の選択肢が増えるとともに、新しいサービスが次々と生まれました。
再生可能エネルギーや蓄電池があちらこちらに分散して設置されるようになり、遠方の大規模電源から需要地に
送配電設備で電力を供給する従来型の電力供給システムから分散型で双方向のシステムに変化しています。
電力に関わる規制・制度も目まぐるしく変化・見直しが繰り返され、我々専門家でもついていくのがやっとという
複雑さです。
私が東京電力に入社した頃には全く想像できなかったダイナミックな世界になったと言えます。
もう40年近く電力・エネルギー業界に身を置いておりますが、これまで積み上げてきた経験や知識・知見は
全て放下して、ゼロから新しいことを日々学ぶことを心掛けています。
還暦を超えてもなお、激変する電力・エネルギー業界の中で様々なご縁に恵まれ、仕事をさせていただいていること
に日々感謝です。
日日是好日。
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